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冒険者の犬

結婚1年経過した事務職が書く日記ブログです。

「誰に対しても同じ態度が美徳」とは?

「徳」として 語られていた時代は 過ぎ去ったのか? 誰に対しても同じ態度でいるって、美徳だったのに〜 - うちの三尺の童子

 

 上記ブログを拝見して考えたことです。批判や個人攻撃の意図はありません。

 

 

まず結論

 「誰に対しても同じ態度が美徳とされる」

という文には省略されている言葉があるように思います。省略された言葉を補うと、次のような文になるでしょう。

 「誰に対しても節度を守った誠実かつ平等な同じ態度が美徳とされる。」

 

解説

節度(セツド)とは - コトバンク

誠実(セイジツ)とは - コトバンク

平等(びょうどう)とは - コトバンク

態度(たいど)とは - コトバンク

 

 上記辞書リンクを踏まえて噛み砕いた表現をすると次のようになります。

 

 誰に対しても

 馴れ馴れし過ぎず、余所余所し過ぎず、ちょうど良い距離感で

 嘘偽りの無い

 差別や依怙贔屓の無い

 動作・表情・言葉

 は美徳とされる

 

 いやー普通人には無理でしょ! と言いたくなるレヴェルですね。そりゃ、そんな態度は間違いなく美徳ですよ。

 

同じ態度という言葉の罠

 態度とは大きく分けると表情・動作・言葉です。

 態度=言葉=口調として、「誰にでも同じ口調で話す」=「誰にでも同じ態度」=美徳と思ってしまうと危険でしょうね。

 なぜなら、「誰にでも同じ無礼な口調で話す」=「誰にでも無礼な態度」となっている可能性があるからです。

 他にも、「誰にも親しくボディタッチしちゃうんだよね俺~」という「誰にでも同じ動作」は(意図的な)セクハラの常套手段の例だったりもします。

 誰にでも同じ態度という言葉を、状況や関係性を無視した、よろしくない態度を取る言い訳にしちゃ、いけませんよね。

 

最後に個人的見解を

 上記解説で書いたようなすばらしい態度で人に接することがまず美徳。それに加えて、そんな態度を、どんな人(内心嫌っていたり苦手な人でも!)に対しても取れる。それはとてもすごい美徳。

 

 ちなみに僕は馴れ馴れしいらしいので、上記のような態度は取れていませんというオチで以上です。