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冒険者の犬

結婚1年経過した事務職が書く日記ブログです。

現実では美しく滅びるなんて無理ですよ(暗黒面を吐露しておりますので閲覧注意!)

はじめに

 本記事は、タイトルどおり、色々あって思うところを吐き出しているだけの記事です。僕の暗黒面が出ておりますので、他人のドロドロモヤモヤを読むのが大好きでない方にはそっ閉じを推奨致します。

 

 

精神的に弱い人っていますよね

 僕には精神的に弱い知人がいます。精神的な痛み(ストレス)への耐性が低く、傷つきやすく、傷ついたらなかなか回復しない人です。

 

そりゃ、人間誰だって傷つくのは嫌ですが

 傷つくことは当然怖いですし、多大なストレスを要する行動を厭うのだって当たり前です。ただし、限度というものがあります。いくらなんでもそんくらい我慢しろよとか、傷ついたことはわかるけど良い歳して大声で泣いたりすんなよとか。

 

ほんの少しの嫌な事を避け続けたその人は

 一度信じると決めた対象を疑わなくなりました。人やモノの一部または全部を疑うのと比べて、信じてしまうことは楽だからなのでしょう。そして、信じる人がとんでもないことを言い始めても、疑うことなく信じてしまうようになりました。

 一方で、信じることにしなかった人の助言等々を一切取り合わなくなりました。

 

併発する優越感

「とんでもないこと(=世間一般では信じられていないor知られていないこと)を実は知っている自分」
という認識は、
「そういうことを知らない一般人」
を自然と見下していて、優越感を発生させました。弱い知人にとってそれがどれ程に甘美だったのか、想像もつきません。気付けば、よりヤバい認識になっていました。

「信じるあの人が教えてくれた、他の人が知らない真実を知る私は特別で素晴らしい」

 

どんなに信じる人が言おうが、間違っていることは間違っているし、くだらないことはくだらない。特別な人間なんていなくて、大多数の人間は良くも悪くも普通です。

 

日本人的な投げやり感?

 一度信じた人・モノを間違いと認めるのは、悔しいし悲しいし傷つきます。それでも、まずそこを認めないと、何も解決しないし、一般社会からどんどん遠ざかってしまいます。

 加えて、日本人(に限った話でもないのかもしれませんが)には、
「信じる対象に殉じて滅びるのは美しい」
って考え方がありますよね。特に思春期の若者が陥り易い。その辺が混ざってしまうと、

「傷つきたくないから信じるし、それで破滅しても構わない」

という、本人的には切実極まりないんでしょうが、周りから見ると何とも投げやりな状態に陥ります。

 

そうなってしまった結果

「電子レンジのマイクロ波が良くない」

と言われて性能に対して異様に高い鍋を買ったり、

「運気が良くない」

と言われて壺を買ったり、

「補正下着最高」

と言われて年収に見合っているとは思えない額の下着を買ったりするわけです。

 根拠が無いけど信じたいから信じる。宗教ですね。

 

弱い分だけ支えてもらわないと生きていけない

 弱い人は弱い分だけ周囲(主に家族)に支えてもらって生きています。それ自体は何も悪い事ではありません。共同生活を営む以上、お互いを支え合わなきゃ共倒れになっちゃいます。

 ただし、結果としては、弱い人の信じるが故の破滅的行動のツケを、まず第一に、支えている周囲が支払うことになります。すると、周囲だけが先に滅ぶなんてことにもなりかねません。

 

結論

 精神的に弱いこと自体はしょうがないことですが、一人だけで美しく滅びることは現実的には不可能なファンタジーなので、自分と周囲のために、滅びない程度に疑うことを覚えてください。

 

余談

 なんでこんな記事を書いたかって? そりゃ、僕にだって傷つく時くらいありますよ。

 

あ、嫁候補募集中です。

 

以上です。